Linuxからアホ話まで、何でもありでござる
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2017年04月20日

親父は何を思ったのか 

[つれづれなるままに]


うん、わかるわかる。なんだかじーっと見てしまったりするよな。

俺の親父は数年前に病気で他界したのだが、最後はほぼ自分では動けなくなり、痛みを押さえる薬で記憶もあやふやで発する言葉も支離滅裂になった。もう長くはないと医者に言われたある日、半日だけ自宅に戻った。俺達は親父をソファーに座らせたのだが、親父は身体をほんのすこし動かされるだけでも痛いらしく、ずっと「痛い痛い」と騒いでいた。その度に座る位置を修正てあげたが、痛みは収まらなかったようだ。そのうち、親父は痛さのせいか悪態をつき始めた。しばらく黙って聞いていたのだが、ついに耐えきれなくなり、「なんでそう文句ばかりなんだ。言われる方の身にもなってくれ。」と少し強い口調で親父をたしなめた。

すると親父は突然黙り、じっと俺を見た。最初は俺の言葉に腹を立てたのかな?と思ったのだが、その眼差しに怒りは感じられなかった。親父は、年を重ねた俺を記憶にとどめようとしているかのようだった。

いくら記憶にとどめても、その記憶は死とともに失われる。それなのに、なぜ記憶にとどめておきたいと思うのか。考えてみればとても不思議である。だが、あの眼差しから俺が感じたことは、俺が死ぬまで記憶から消えることはないだろう。

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2017年04月05日

スマホ時代到来から10年らしい 

[つれづれなるままに]
スマホ時代到来から10年、2強が迎える「天王山」

10年というのは、iPhoneが世に出た時を元年としている模様。ふーん、そうなんだ。俺の歴史の中での最初のスマホはW-ZERO3で、初めて購入したのは2006年05月ごろだった。なので、すでに11年が経過しようとしているわけ。その後、初代ZERO3、次にWillcom03を2012年04月頃まで使っていたのだが、めんどくさくなってガラケーに移行した。その後、会社からiPhoneが支給されたりしたが、どうも使いにくさだけが印象に残ってしまい、個人でスマホを買うことはなかった。再びスマホに戻ったのはつい最近のことだ。

以前は仕事ではWindowsが主たる選択肢であったが、時は流れ、OSの違いをアプリが吸収するようになってきた。MS Officeでさえ閲覧を主体としての使用なら、AndroidでもiOSでも十分に使える。現在ではスマホとタブレットの2つ持ちである。メールでのやり取りなど、簡単な仕事はこの2つさえあれば十分になった。なかなか便利に使えているように思う。

さて、これからスマホはどこに向かうのだろう。この記事にあるように、すでに端末の性能は十分なレベルにあり、消費者はこれ以上の飛躍的な性能アップはあまり望んでいないように思える。PCでは、性能アップが鈍化してからはPCそのものに対する楽しみや興味がどんどん失せていった。イジる楽しみがなくなっていったからだ。スマホも同じ道をたどるのだろう。普通に使えて当たり前で、快適に使うために時間と労力をかける意味がどんどん失われていく。

やっぱり次はウエアラブルだよね。今俺はSMART BRECELETを使っているのだけど、これがまた結構便利だったりする。ちょっとした通知機能だけでもこんなに便利なのだ。骨伝導をつかった音声案内とGoogleGlassのようなウエアラブルディスプレイが組み合わされたら、どんどん可能性が広がるだろう。ワクワクしちゃうな。

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2017年04月01日

出来ない奴と嘆くなかれ 

[つれづれなるままに]
友人は、会社内で「あいつは出来ない」とか「あいつがやってくれない」という言葉をよく聞くという。このセリフを吐く人は、かなりの割合で人に仕事を任せていないか、もしくは「やっといて」みたいに丸投げしているらしい。友人曰く、「要は、自分に対する不満を他人を介して表現しているんだよね」。

確かにそうかもしれん。やってくれないと嘆く人は、具体的な作業指示を出していない、もしくは出せない人がほとんどだ。「これ〇〇なんだよね。ちゃんとやっといて。」というくらいの言葉で、相手が察してすべてをやってくれると思っている。そんなの誰がやるかって。新しい課題であれば期日も含めたゴールが全くわからないし、修正であればどこをどう直せばいいのかも不明だ。こんな指示でできるほうが不思議である。

だが、言ったほうは指示を出したと思っている。冷静に考えれば、どちらに非があるかわかるはずだ。わかるはず・・・なのだが、実は、わかるはずと思うこと自体が罠にはまっていることに気が付かない。他人に自分の考えが正確に伝わるものだと思っている輩が多すぎるのだろう。

出来ないやつを生み出しているのは、その先輩たちである。そのことに早く気が付かないと、悪者にされた「可能性のある人間」のほうが先にいなくなる。そして、ますます「出来ないやつ」が増えていく。これはまるで無限地獄だな。

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2017年03月30日

どうでもいい人たち 

[つれづれなるままに]
最近、どうでもいい人達の話題が多くて滅入る。

まずは豊洲問題に出てくる人たち。全員が納得する解決策なんてありえないので、これは知事が決断するしかない。小池知事はその決断が出来ない人であることを、もっと明らかにすべき。決断しないリーダーなんていらないんじゃないの?

次に森友学園関連。こんなことに時間を費やしている国会議員は全て辞めてもらったほうがいいんじゃないかと思う。馬鹿らしいにも程がある。この問題を審議している時間の報酬は返上しろと言いたい。

最後はお隣の国。もう構うのも馬鹿らしい感じなので、無視するのが一番だろうね。

こんなワイドショー政治でも大丈夫な日本って、ある意味すごいよなぁ。

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2017年03月17日

これ、いつの水なんでしょうか(怒) 

[つれづれなるままに]
とある人から聞いたのだが、ホテルの客室にあるポットの水に対し、「これ、いつ入れた水なんでしょうか(怒)」みたいな苦情が寄せられることが少なくないらしい。で、カラにしておけばしておいたで、「ポットに水が入っていないのはけしからん(怒)」みたいに言われることも多いとか。

入っている水が不安だったら入れ替えればいいし、入ってなかったら自分で入れればいいんじゃないの?と思う。というか、水がだめかどうかなんて臭いを嗅いでほんの少量味見すりゃわかるんじゃね?それがわからないのであれば、何を飲んでもいっしょだろうに。

殆どの家庭では一番不潔なのが台所。そこで作った食べ物、特に危ないのがお弁当なんだが、それを食べても大丈夫なのだから大抵は大丈夫なんだよな。人間の胃酸は自分の胃を溶かしてしまうくらい超強力なので、大抵の細菌などは胃酸でやっつけてしまう。みんな気にしすぎじゃないかと。

こういう苦情を言ってくる人は全てに関して神経質なのかもしれん。そんなに神経質になったら、生きること自体が息苦しくて仕方ないのではなかろうか。ちょっとイヤミを言うと、こういう人は絶対に湧き水とか飲まないはずだよね、と。もし湧き水とかを「美味しい!」とか言って飲んでたら、マジで神経疑うぞ俺は。

そもそもの話として、自衛するべき内容を他人に押し付けるのってどうなんだろうねと思った次第。

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2017年03月12日

悪意のない無知な人が一番怖いよね 

[つれづれなるままに]
【個人情報】オフ会などで誰かの本名を知った途端、本名を連呼したりネットで呼びかける人もいる、という話

うん、いるよねこういう人。俺はオフ会とか行かんけどね。だって危ないじゃん。本名を晒したくないからHN使っているわけで、わざわざバレるようなところに身を置くのはリスク管理上どうなのかなーと。

という身も蓋もない建前はさておき、本名とHNの使い分けが出来ない人は確実に存在する。そういう人はネットでの書き込みと井戸端会議的なダベリが同意義で、その上、私が知っていることは他人も知っていると思っていたりする。当然、書き込んだ内容がデータとして残り、後から知らない誰かに検索されたりすることは想定していない。

それだけではなく、仮に自分が本名を晒されても、晒した人が知人であった場合は晒されたという考えさえもたないだろう。もしかしたら本名で呼ばれ、距離が縮まったと喜んでいるかもしれん。つまり、晒されても嫌じゃないってわけ。リアルとネットはかなりの部分で融合しており、切り分けなど考えてもいない。だから使い分けるという意識がかなり乏しくなる。

その他にも、本当に不注意な人も存在する。こういう人は、ネットが「出たションベン戻らない(覆水盆に返らず)」の世界であるという意識は無く、「何書いてんだよ!(怒)」に対し「ごめーん(てへぺろ)」で済むと思っている。恐るべし。

いずれの人もほぼ悪意はなく、知らないだけだ。で、多分一生覚えることはない。だって覚える必要ないもの。悪いと思っていないのだから当然だよね。となれば、取りうる手段は2つ。本名を晒されても良い人だけ本名を明かすか、そうれない場合はオフ会などのリアルでも本名は絶対に明かさないこと。これしかない。相手にモラルを期待することはリスク管理上よろしくないからね。

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2017年03月11日

気がつくと帰る場所がなくなってた 

[つれづれなるままに]


俺の親は、父親が4年前、母親が数か月前に他界している。どちらの死に目にも会えなかったが、そのときは「ああ死んじゃったんだ」くらいにしか思っていなかった。葬式でもなぜか涙も出なかったし、さほど悲しいとも思わなかった。

最近、どういうわけか知らないか両親のことを思い出す。なんで今になって思い出すのかよく分からない。ただ、もう声も聞けないと思うと、自分一人が取り残されたような気分になる。悲しいというより、小さい頃、親が自分の視界からいなくなってしまったときの不安感のようなものを覚えてしまうのだ。気がついたら実家に帰っても両親はいない。ほとんど帰っていない実家ではあるが、帰る理由もなくなってしまった。

今、俺の家には息子も娘もいなくなり、嫁と二人暮らしである。俺は寂しいとか不安だとかを感じることが殆ど無い。どちらかと言えば孤独を好むほうであるが、なぜか離れた子供に会いたくなってしまう。

今日は3月11日である。多くの人が亡くなった日だ。もしかしたら、家族を失った人たちの悲しみが流れ込んできているのかもしれん。そう思うと、とてもやるせない。

震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。

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2017年03月08日

定額残業代制度の罠 

[つれづれなるままに]
ご存じの方も多いと思うが、定額残業代制度とは、予めある一定時間の残業代を定額で支払い、その一定時間数を越えるまで働いても支給される賃金は変わらないという制度だ。例えば、賃金に定額残業代20時間分を含む場合、20時間の残業までは定額残業代にて支払っているので、さらなる残業代は支払われない。一般的な感覚で言われる残業代は、残業が20時間を超える場合に支払われる。

この制度のメリットは経営側に多い。まずちょっとした残業代は定額分に内包されてしまうので管理が楽ちんだし余分な賃金が出ていかない。また、見た目の支給額は高く見せることができるが、いわゆる基本給と言われる部分は定額残業代を省くことができるので、残業や深夜手当などの割増賃金のベースになる金額を低くすることができる。ついでに言えば、賞与のベースさえ下げることができるのである。

先日、この制度を導入している会社の人と話す機会があったが、その人は「定額残業代の時間数まではしっかりと働いてもらう。」と平気で話すのだ。ちょっとまってくれ。定額残業代制度を導入したからと言って、労働基準法で定められた労働時間が増えるわけではない。定額残業代制度を導入すれば残業させても問題ないどころか、残業させなければ損だみたいな考えはどこから来るのだろう。

考えてみて欲しい。仮に定額残業代の時間数が月20時間として、これを一日の標準的な就労時間である8時間で割ったら2.5日である。定額残業代分もしっかりと働かせるということは、法定外休日2日と半分を会社に出てこいといっているのと同義なのだ。これをブラックと言わずしてなんと言おう。

挙句の果てに、「うちは儲かっていないからね」とかのたまう。いや、そんなことしているから儲かんないじゃね?と思ったのは言うまでもない。大事なのでもう一度言うけれど、定額残業代制度を導入したからと言って、労働基準法で定められた労働時間が増えるわけではないんだからね。労基に則り三六協定を結んだところまで残業させても良いし、残業を組み込んだシフトも違法ではないけれど、所定労働時間に近づける努力を自ら放棄する会社に先はないように思うのだが、どうか。

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2017年03月03日

禁煙にすると本当に売上は落ちるのか 

[つれづれなるままに]
受動喫煙防止法案、外食産業に8400億円の打撃 民間調査

記事を読む限りこの調査は、当事者である外食産業に禁煙すれば客足が遠のくか否かを問うたもののようだ。禁煙にした実績ではなく、あくまで予想であることは注意すべきだ。

俺の知っている複数の飲食店は、数年前に禁煙にした。禁煙にする前は売上減が懸念されていたが、実施して見るとほとんど影響はなかったらしい。それどころか、売上が上がったという話もある。

喫煙者と非喫煙者、どちらが多いかといえば圧倒的に非喫煙者だ。最新たばこ情報|統計情報|成人喫煙率(厚生労働省国民健康栄養調査)によれば、平成26年の喫煙率は全体で19.3%。性別では男性32.2%、女性8.2%らしい。これはあくまで成人における喫煙率なので、未成年を含めるともっと少なくなる。人口推計(平成26年10月1日現在)‐全国:年齢(各歳),男女別人口 ・ 都道府県:年齢(5歳階級),男女別人口‐を調べると、未成年の人口は約2,223万人で、全体の17.5%のようだ。つまり、日本全体での喫煙率は
成人喫煙率19.3% x 成人比率(100%-17.5%)=15.9%
となる。

なんとまあ、禁煙でそっぽを向く可能性のある人は全体の16%しかいないのである。それより、圧倒的に非喫煙者84%のほうがパイがでかい。当然マーケットが大きい方を狙うべきなのは言うまでもない。更には、決定権のある女性を呼べなければ集客は上向かない。となれば、禁煙しない手は無いはずなのだ。女性が望めば、喫煙者の男性だって絶対に我慢するだろう。

ついでにいうと、新幹線の喫煙車両の汚さを覚えている人も多いだろうが、煙草のヤニは内装をかなり汚す。禁煙にすれば内装の痛みはもとより、火の不始末によるアクシデントも抑えられる。

それなのに、なぜ禁煙に危機感を持つのかよくわからん。飲食店、いや、施設内の禁煙は絶対に良いこと尽くめなんだがなぁ。

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2017年02月27日

禁煙の例外など認めるな 

[つれづれなるままに]
居酒屋禁煙、例外認めず小規模店も…厚労省調整

これは良い判断。俺は元喫煙者だし煙草の煙に嫌悪感はない。受動喫煙と健康被害は因果関係が証明されていないという話もあるので、受動喫煙についても無頓着である。臭いも敏感ではあるが嫌いではない。

そんな俺だが、最優先すべきは嫌煙者(非喫煙者ではないよ)だと思うので、室内は絶対に禁煙にすべき。ただし、申請した店舗では喫煙を許可し、喫煙OKの店舗に嫌煙者が入店しても嫌煙者の意見は無視してよいことにして欲しい。よくいるじゃん。煙草OKのパチンコ屋で、煙草の煙を嫌そうにしている奴。嫌だったら来るなと言いたい。

「煙草が吸えない」、「煙草を吸わせないで欲しい」、どっちもわがままじゃん。室内はダメ、屋外の一部OKを共通認識にすればいいんじゃないの?日本は上が決めないとダメなんだから、法律とかでガッチリ決めるのがヨロシ。禁煙だ喫煙だなんて、店舗からして見れば売上に影響があるかも?以外はどうでもいい話なんだよね。費用的には煙草の煙で店が痛むから、吸わないでもらえると嬉しい。

早く禁煙にしようよ。

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2017年02月26日

小池都知事って何か結果を出してるの? 

[つれづれなるままに]
俺にはさっぱりわからない。良い方向に向かっているのかさえわからん。勝手に敵を作って戦いを挑んでいるだけじゃないのか?政治って建前だけで動かすものなのかなぁ。そもそも誰のために騒いで戦っているのかさえわからない。全部自分の名を売るためだけの活動にしか見えないのだが、どうか。

今の話題は「豊洲」。悪者を探すものいいけれど、同時並行で、どこに話を収めるのかを決めない理由がさっぱりわからない。東京オリンピックはIOCが出てきて賞味期限切れにされちゃったし、都議会自民も青息吐息だ。だから、次のワイドショーネタが豊洲なんだろうね。まだまだ行けるぞーってところかな。

人気があるのは認めるけれど、そろそろ都民は「何か変わった?」と自分に問いかけてみる時期じゃなかろうか。外から見ていると、なーんにも仕事をしていないようにしか見えないのだけれど・・・

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2017年02月21日

プレミアムフライデーについてのあれこれ 

[つれづれなるままに]
プレミアムフライデーの話題が出るたび、この制度って日曜祝日に働かなきゃならない人を増やすだけじゃないのか?と思う。週末みんなで休める職場は人気も高い。逆に日曜祝日や夜間など、一般的な労働時間でない時間に働かなければならない職種・職場は人気がない。その為、人を募集しようとすれば、仕事の内容の割には給与を上げねばならなかったりする。

プレミアムフライデーによって、消費活動は活発化するだろうか。俺はしないと思う。これと同じようなことが、週休二日制導入時にもあった。週休二日制導入によって、休み前の金曜日は花の金曜日、いわゆる花金と呼ばれるようになった。しかし、バブル崩壊と交際費の削減で、夜の街の勢いは減速したのが実態だ。プレミアムフライデーの目的は国内消費の喚起だと認識しているが、実はこういう制度で解決できる問題ではなく、経済的に余裕が生まれるか否か、簡単に言えば景気が良くなるか否かがポイントであることは誰も言わない。わかっているくせに言わないのだ。また、財布に入ってくる金が変わらない今、消費活動が土日から金土に移るだけにしかならず、日曜日の消費低下が懸念されるのだが、どうか。

話が少しそれたが、プレミアムフライデーでの消費喚起手法の殆どは「値下げ」であるように見える。値下げすれば生産性は下がり、収益性もそれに伴い低下する。結果、プレミアムフライデーで潤うところは多くないだろう。それどころか、忙しさだけが残り、ブラックな仕事が増えるのではないかとさえ思う。

かなり昔の話だが、俺の住んでいた街では毎週火曜日(だったかな?)はほとんどの商店が休みだった。それが売上欲しさに365日営業になってしまった。そろそろ街全体で商売を休む日をつくることも考えたほうが良いのではなかろうか。小売や飲食店で働いている人の数は多い。その人達は経済力が低いのかもしれん。だからそこをくすぐっても景気回復には結合付かない。プレミアムフライデーは、そういう思惑が見え隠れする制度に思え、少々複雑な気持ちになってしまう。

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2017年02月18日

福岡県警の暴走族根絶ポスターがイケてる 

[つれづれなるままに]
福岡県警が作成した暴走族根絶ポスター その内容が暴走族を馬鹿にして煽りまくってると話題に(笑)

いいねコレ。珍走団ね。ネーミングもなかなかだ。俺も、旧車會とかのバイクを見ると、バイクがカワイソーって思うことが多い。特に、旧車會で需要の高いCBX400Fには思い入れがあるので、あのマシンが原型を留めていないくらいにイジられていると、ものすごくテンションが下がる。CBX400Fにはずっとノーマルで乗っていたからなぁ。

旧車會のマシンを見ていると、ある意味「金持ちだなー」と羨ましく思うこともある。昔懐かしのマシンがそれなりにレストアされ動いているのだ。結構カネがかかっただろうに、なぜあんな姿にしてしまうのか。どノーマルに戻したら無茶苦茶格好いいように思うのは俺だけかなぁ。

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2017年02月17日

全社一丸とか 

[つれづれなるままに]
仕事で結構耳にする言葉に「全社一丸となって」という、戯けた言葉がある。それを聞いた社員もウンウン頷いたりする。そんな様を見ていると、ここ潰れちゃうんじゃね?とか思う。

「全社一丸となって頑張りましょう。」

さて、この言葉で貴方は何をやれば良いのかわかるだろうか。「がんばろう」とか「一生懸命」といった言葉が好きな人は、かなりの確率で仕事の割り当てができない。仕事なのだから、指示されたことはやって当たり前である。それを「がんばってやりましょう」とか、バカすぎだよね。それに頷く社員もダメダメだ。

上にも書いたが、仕事なんだから、具体的な業務指示をしなければならない。業務範囲を決め、期日を決め、担当を決めて指示を出す。結果はやったかやらないかだけだ。うまく出来たかできなかったかの判断はその次である。まずはやったかどうかが最初の判断基準だ。「がんばろう」とか「一生懸命」を多用する人は、ほとんど具体的な指示ができない。だから自主性に任せたふりをして責任を回避する。具体的な指示を出さずにできればラッキー、出来なければ部下の責任とされる。まさに魔法の言葉である。

だから、頑張れとか言われたら、「具体的には何をやれば良いのですか?」と聞かなければならない。その次には「いつまでですか?」である。この問に答えが返ってこなかったら何もしなくていい。何もしないで「頑張ってます」と言っていればいいのである。「頑張り」を測る物差しは無いのだから、それでいいのだ。

注意すべきは、具体的な指示もないくせに、思った通りに進まないと「あいつはダメだ」とか言われてしまうことである。教えもせず、指示も出さず、「ダメなやつ」の烙印を押されてしまう。完全な責任逃れなのだが、それに同意をするやつがいるからタチが悪い。

ここで大なたを振るえるのは経営者だけだ。曖昧な言葉だけの中間管理職をきっちりと注意しなければならない。なぜなら、そんな中間管理職を置いたのは経営者だからだ。自分のケツは自分で拭くしかないのだ。

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2017年02月15日

東芝の債務超過に思う 

[つれづれなるままに]
ドキュメント東芝崩壊 「半導体売却」を決めた「血のバレンタイン」

東芝ほどの巨大企業になると、1億が1万円とかの感覚になるのかもしれん。俺が前いた会社の銀行用資料は単位が100万円であった。その会社は年商100億を超えていたのだけれど、単位を変えるだけでものすごくわかりやすくかつ見やすくなるのに驚いたものだ。逆に、小数点以下、つまり10万円単位は認知されなくなる。

東芝などは1億単位(100万円の100倍)で物事を見るだろうから、感覚的には数千万単位は端数でしかなくなっているかもしれん。だけれども、絶対額で数千億円の資産があるとすれば、それと同額程度までは借り入れしてもどうにかなると思ってしまっても不思議ではない。ましてや、経営者は他人の金でも自由に使える自分の金のような気になってしまいがちだ。

俺の知っている小さな会社でも、先月まであったキャッシュ1億が、売上の低迷と高売上時期の支払等であっという間になくなるのだという。ガタイがでかくなれば入ってくる金も出ていく金も莫大である。当然、経営者の権限も責任もそれに比例する。

東芝のような会社でも、一瞬で債務超過に陥る時代なのだなぁと恐ろしくなる。

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