先日の日韓戦はひどい出来だった。近年まれにみる凡戦というか、日本代表の悪い点がすべて出た試合だった。
判断、動き出し、パススピードのすべてが遅い。ボールが来てから「さて、どうしよう」では遅すぎる。ボールを呼び込む動きもない。指示待ち社員のように、誰かがボールを出してくれるのを待っているだけ。そんな調子だから、味方のためにスペースを作ろうという動きもない。そして、とにかくパススピードが遅い。あんなコロコロ転がすパスが通るわけがない。結果としてシュートまでもっていくことが出来ず、バイタルの手前でうろうろしているだけとなる。
すべて今までずーっと日本代表が言われ続けている問題だ。
こういう試合になると、必ずと言っていいほど解説者とかから「自分たちのサッカーをしないとだめだ」というコメントが出る。
ちょっと待ってくれ。そもそも「自分たちのサッカー」ってなんだよ。そんな具体性に欠ける言葉でごまかしているからこんな体たらくが続いているのをそろそろ気が付くべきだ。「自分たりのサッカー」という言葉ですべてをごまかしているに過ぎない。ブラジルのサッカーといえば個人技、ドイツのサッカーといえば組織力、イタリアのサッカーといったらカテナチオ、なんてもう古いし、そんな漠然としたイメージは後からついてくるものだ。コンセプトで勝てたら苦労しない。アホか。
日本人はスポーツに必殺技があるとでも思っているのだろうか。「自分たちのサッカー」という言葉が、
キャプテン翼の必殺技と同じに聞こえてしまう。
もっとしっかりと現実を見て、いま日本に足りないのは何か、それを補うためにはどういう育成をしていかなければならないのか、また、日本の強みは何か、それを強化していくことでどこまで世界に通用するのか、これらを詳細に分析し、優先順位をつけて選手強化に織り込んで行かねばならない。
昨日の試合は監督の能力以前の問題だ。あの大人しい今野が不機嫌そうだったのは、選手全体に戦おうという気持ちが感じられなかったからではないのか。
ここからはずっと大敗すればいいと思っている。そして自分たちの実力を体で覚え、その実力でどこまで戦えるのかをしっかりと考えたほうがいい。なりふり構わずどんな手を使っても勝つことより、カッコよく負けたほうがいいのであれば、どんどん「自分たちのサッカー」論を突き進めばいいんじゃないかな。
日本のサッカーを強くしたいと思うのなら、漠然とした「自分たちのサッカー」という言葉は金輪際使わないようにすることを強く進めるね、俺は。