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2013年09月27日

ネットでの常識や慣習やマナーを確立するためには戦うしか無い

[つれづれなるままに]
先日とある役者が妊娠で体調不良云々なる記事を見た。これはこれでああそうですか大変ですね無事生まれればよいですねくらいの話なのだが、その記事についていたコメントというかそんな類のものに「ざまあみろこのまま死産すれば・・・」みたいなことが書かれてあって萎えた。

なぜこの人はこんな事を書くのかみたいなことは、はっきり言ってどうでもいい。対象が嫌いだとかもともと人の不幸を願う人だとか、そんなことを思う人は多分たくさん存在する。問題はそれをなぜ書き込むのかということだ。Twitterがバカ発見器と言われて久しいが、こういう問題は根っこが同じだと思える。

小さな子供のことを考えて見ればいい。子供は本来話すことが大好きだ。それも大きな声で話す。話すことでみんなが注目してくれるし、何かしらの反応を示してくれることが楽しいからだ。だが、子供は時として大人が顔をしかめてしまうようなことや赤面してしまうようなことを平気で話す。これは自分が話す言葉の影響、つまり相手がどう受け取るか、言葉を発したことで自分がどう思われるかという経験が不足しているからだ。たくさんの人と接することでその経験値は上がっていくのだが、ネットデビューすると相手が反応してくれることが面白くてしょうがないという時期が必ずある。これはまさに言葉を覚えた子供と同じ状態だ。で、悪いことにネットでの書き込みは拡声器を使って話をする以上に多数に伝達されたり、いつまでもデータとして残ってしまう。これは音声での会話と絶対的に違う要素なのだが、そのことをわからずに限られたエリアだけでの会話と同じような捉え方をしてしまう人が結構多い。更には匿名性がそれに輪をかけてしまう。ただこれは実名が抑止力になるかといえばそうでもなく、実名の人のほうが害のないフリをしながら実害の大きなことを振りまいていたりする。

簡単に行ってしまえば、ネット社会はまだまだ成熟していないということに尽きるのだろう。成熟していないがために、不文律での常識や慣習やマナーが確立されていない。じゃあ常識や慣習やマナーを確立するためにはどうすればよいのかというと、これはもう戦うしかないのだと思う。戦いぶつかり合ったときの経験則が常識や慣習やマナーになっていくのではないかと思っている。

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posted by oyajiman at 2013年09月27日 04:00:00



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