Linuxからアホ話まで、何でもありでござる

2012年02月01日

善悪を決めるもの

[つれづれなるままに]
先日上げた悪人の勝利はほんの一時しかない?というエントリを書きながら、ふと「善悪ってなんだよ」と思った。「善悪」なんて、そのかなりの部分が自分にとって都合が良いかそうでないかで決められているのではなかろうか。


「害虫、益虫」なんてのはその最たる例で、害虫とは人間(ヒト)や家畜・ペット・農産物・財産などにとって有害な作用をもたらす虫、益虫とは何らかの形で人間の生活に役に立つ昆虫など小動物のことを指すらしい。つまりこれらは絶対的なものではなく、人間に都合が良いか悪いかが評価基準である。

自然などはもっと曖昧で、海は人間に大きな恵みを与えてくれるが、昨年東北に甚大な被害をもたらしたように非常に恐ろしい一面も持っている。害虫と益虫を分けるのと同じ基準で言えば、恵みをもたらす海は益海、津波をもたらす海は害海と読んで区別すべきだろう。しかし、不思議なことに海をそんな風に呼ぶことはない。とても不思議であるが、人間は自然を善悪を超越したものと認識しているのだろう。

それなのに、なぜか人は善悪を決めたがる。その境目はなく連続したものだというのに2つに分けたがる。その行為が争いを生む元なのに、いつまで経っても分けることをやめない。なんでだろうとつくづく思う。

ブログランキング・にほんブログ村へ

ブログランキング・にほんブログ村へ
posted by oyajiman at 2012年02月01日 23:00:00



コメント

コメントはありません

トラックバック

トラックバック
このエントリにトラックバックはありません
このトラックバックURLを使ってこの記事にトラックバックを送ることができます。 もしあなたのブログがトラックバック送信に対応していない場合にはこちらのフォームからトラックバックを送信することができます。.

コメントする