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2009年08月16日

コストの低さと公平性

[つれづれなるままに]
ネットはコストが低いとよく言われる。確かに個人でも簡単にサイトを開けるし今話題のtwitterとかでは簡単に発信も出来る。情報発信の手段としてのネットは、その敷居も低いしコストも限りなく0に近い。このサイトだって、運営に関わる費用はほぼ電気代だけである。

コストが低いため、そのなかで金儲けをしようとしてもなかなか難しい。そりゃそうだ。小遣いが5000円とかのビンボー人を集めて金儲けしようとしてもなかなか難しいのと同じだ。金が動いていない中で金を集めようとしたって集まるはずはない。

金が動けば、そこにもれなく利権も発生する。金が動いて物事に利権というフィルターがかけられるたとき、そこから出てくる意見は利害関係者のものばかりだ。そのフィルターを外して公平に見ている人間の声が取り上げられることはあまりないのである。その利権が大きければ大きいほど利害関係者は声を大にして騒ぐ。

その点、ネットはコストが限りなく0に近いため、金がからんだ利権というものが発生しにくい。どこの肩を持とうが誰をけなそうが、それが直接的に自分の得になる事はほとんどない。だからネットの自然発生的な話題は、金という利害がからみにくい比較的公平な意見と見ていいのかもしれない。だから手間暇といった人的なコストをより引き下げていけばもっともっと面白いことが起こるだろうし、より高い公平性が作り出せるかもしれない。って、これって直接民主制?



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posted by oyajiman at 2009年08月16日 23:00:00



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